
先週の金曜日、社長がセミナーから帰ってきて、こう言った。「来年から何か"SSBJ"っていう基準が始まるらしい。うちも対応しないとまずいって話だ。お前、調べてくれ」——突然の指示に、総務の山田さんは途方に暮れた。
ネットで検索してみると、SSBJの公開草案がどうやら何回も改訂されているらしい。「え、まだ確定してないの? じゃあ確定してから準備すればよくない?」——そう思うのは自然なことです。ただ、この「確定を待つ」という判断が、実は最もリスクが高い選択肢かもしれません。
この記事では、(1) SSBJ基準が「動く標的」になっている背景、(2) 基準が変わるたびに発生するExcel管理の構造的な限界、(3) 建設業の地方ゼネコン下請けを想定した業務シミュレーション、(4) 基準改訂に振り回されないための解決アプローチ、を順番に整理していきます。
「動く標的」への対応サイクル
ISSBが動けば4日で日本基準も動く——「動く標的」の正体
まず、なぜSSBJ基準が「固まらない」のか、その構造から見ていきましょう。
SSBJ(サステナビリティ基準委員会)は、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)が策定したIFRS S1・S2という国際基準をベースに、日本版の開示基準を作っています。つまり、国際基準が変われば日本基準も連動して変わる、という構造です。
実際に何が起きたかというと、2025年12月11日にISSBがIFRS S2の修正を公表しました。そのわずか4日後の12月15日には、SSBJが改訂草案を公表しています。対象はユニバーサル基準第3号、テーマ別基準第4号(一般開示)、テーマ別基準第5号(気候関連開示)の3本。パブリックコメント締め切りは2026年1月28日、正式確定は2026年3月末の予定です。
SSBJ改訂草案(2025年12月15日公表)は、ISSB修正(2025年12月11日)を日本基準に取り込むための改訂であり、GHG排出量の算定期間の差異調整方法の柔軟化、特定金融商品の取扱い明確化、産業分類システム使用の柔軟性向上などを含む。
——SSBJ(サステナビリティ基準委員会)「公開草案改訂版」2025年12月15日公表
ここで大事なのは、この4日間という速度感そのものです。これは「国際基準との整合性を最短で維持する」というSSBJの姿勢の表れであり、今後もISSBが修正を出すたびに同じスピードで改訂が走ることを意味しています。
つまり、「基準が確定するまで待つ」という戦略は成立しません。確定しても、次の改訂がすぐ来るからです。
改訂のたびに起きること——ギャップ分析のやり直しという無限ループ
「でも、改訂といっても微修正でしょ? そのつど対応すればいいんじゃない?」——そう思われるかもしれません。ところが、実務レベルでは「微修正」が思いのほか重い作業を引き起こします。
改訂が発表されると、まずギャップ分析が必要になります。つまり、「前の基準で準備していた内容」と「改訂後の基準が要求する内容」の差分を洗い出す作業です。これだけで数日から数週間かかることがあります。
次に、差分に基づいて算定ロジックの修正。GHG排出量の算定期間の取り扱いが変わった、産業分類の定義が変わった、といった変更は、Excelの計算式を一つずつ確認して直す必要があります。
そして最後に、修正した内容が正しいかどうかの検証作業。ところがExcelの場合、「直す前のバージョン」と「直した後のバージョン」を比較する仕組みが構造的に存在しません。「誰かがどこかのセルを直した」ことは分かっても、「なぜ直したのか」「改訂前と後でどの数値がどう変わったのか」を追跡するには、別途Wordで変更履歴を書くしかありません。
この一連の作業が、改訂のたびに繰り返されます。しかも今回のSSBJ改訂で明確になったのは、サステナビリティデータにも財務データと同等の監査耐性が求められるという方向性です。
サステナビリティ開示は決算プロセスに組み込まれ、監査に耐えうる算定ロジックの文書化が求められる。経理部門とサステナビリティ部門の密接な連携が不可欠である。
——SSBJ改訂草案の実務配慮規定に関する解説(2025年12月15日)
「監査に耐えうる算定ロジックの文書化」——これはつまり、「Excelで計算しました。合ってると思います」では通用しない、ということです。いつ、誰が、どの排出係数を使って、どのような根拠で算定したのか。その全過程が追跡可能でなければならない。Excelにはこの機能が構造的に備わっていません。
経理とサステナ部門の「文化的断絶」——見えにくいが根深い問題
もう一つ、SSBJの改訂が突きつけている課題があります。それは、経理部門とサステナビリティ部門の業務統合です。
サステナビリティ開示が「決算プロセス」に組み込まれるということは、二つの部門が同じデータを、同じ精度基準で、同じ期限に管理しなければならないことを意味します。
しかし、現実にはこの二つの部門は業務文化が大きく異なります。経理部門は数値の正確性と監査対応を最優先にします。一方、サステナビリティ部門はステークホルダーとの対話や定性的な戦略を重視する傾向があります。使うソフトも、報告の期限も、「正確」の定義すら違うことがあるんですね。
この断絶を埋めるには、データガバナンス、内部統制、承認フロー、監査証跡の整備が必要です。しかし、これは「ツールを入れれば解決する」という話ではなく、組織の業務プロセスそのものを変える必要があるため、現実的には1年から2年はかかるプロジェクトです。
そして、この準備をExcelベースで進めると何が起きるか。経理部門が管理する会計ソフトのデータと、サステナ部門が管理するExcelのデータを、四半期ごとに手動で突合する——という作業が永遠に続きます。基準が改訂されるたびに、突合のルールも変わります。
仮想シミュレーション——従業員45名の建設業、下請け企業の場合
ここからは、具体的な業務シミュレーションで「動く標的」が現場にどう影響するかを見てみましょう。
想定企業: 従業員45名の内装工事・設備工事を手がける建設会社。県内の中堅ゼネコンの一次下請けとして、公共工事や商業施設の内装を担当。社長がセミナーでSSBJについて聞いて帰ってきた、あの会社です。
建設業には、他の業種とは異なる特有の難しさがあります。
現場ごとにエネルギー消費が異なる。 重機の軽油消費量は現場によって大きく変動し、仮設電力の使用量は工期と天候に左右されます。1つの「平均値」では算定できません。
下請け構造が深い。 自社の一次下請けだけでなく、二次・三次下請けのエネルギーデータまで求められる可能性があります。建設業の多層下請け構造の中で、末端のデータを収集すること自体が極めて困難です。
建設資材の排出係数が複雑。 セメント、鉄骨、断熱材、塗料——それぞれ異なる排出係数を適用する必要があり、しかもこれらの係数は改訂のたびに変わりうるものです。
シミュレーション:SSBJ改訂が入ったときの業務負荷
工程1:改訂内容の確認と影響度判定 総務の山田さんが改訂草案をダウンロードして読み込みます。ただ、草案は専門的な法律文書であり、建設業の実務にどう影響するかの判断は容易ではありません。社労士や税理士に相談しても、SSBJ基準に詳しい専門家は地方では限られています。この段階だけで1〜2週間は見ておく必要があります。
工程2:既存Excelの計算式の棚卸し 現場ごとの軽油消費量、仮設電力の使用量、資材の排出係数——これらがバラバラのExcelシートに散在しています。「この数式は誰が、いつ、何の根拠で作ったのか」を確認する作業が発生します。属人化が進んでいる場合、当時の担当者がすでに退職しているケースも珍しくありません。棚卸しに2〜3週間。
工程3:算定ロジックの修正と検証 排出係数の差し替え、算定期間の調整方法の変更、産業分類の確認。これらをExcel上で一つずつ修正し、過去データとの整合性を確認します。建設業の場合、現場が10件あればExcelシートも10セット。修正漏れのリスクは現場数に比例して膨れ上がります。2〜4週間。
工程4:元請ゼネコンへの報告更新 最終的に、改訂後の基準に基づいた数値を元請に報告します。ところが元請側もまだ改訂内容を消化しきれていない場合、「報告フォーマットがまだ決まっていない」と差し戻されることもあります。
合計すると、1回の改訂対応に5〜10週間。これが年に1〜2回発生する可能性がある。しかも本業の現場管理と並行で進めなければなりません。
「Excelを捨てろ」ではなく、「Excelに依存しない構造」を作る
ここまで読んで、「じゃあどうしろと?」と思われた方へ。大切なのは、Excel自体を否定することではなく、基準が変わってもやり直しが発生しない仕組みを作ることです。
この課題を解決するアプローチには、3つの柱があります。
第一に、「データの取り込み」と「算定ロジック」を分離する。 現場の軽油使用量や電力の請求書といった一次データは、一度取り込めば何度でも再利用できます。基準が変わったときに修正するのは算定ロジック(つまり「どの排出係数をどう掛けるか」)の部分だけにする。こうすることで、データの再収集という最も重い作業が不要になります。
第二に、排出係数の更新を自動化する。 環境省やIEAが排出係数を改定したとき、手動でExcelの数値を差し替えるのではなく、システム側で自動的に反映される仕組みがあれば、「係数の差し替え忘れ」というリスクそのものが消滅します。
第三に、経理データとサステナビリティデータを同一基盤で管理する。 二つの部門が別々のファイルで管理している限り、突合作業は永遠になくなりません。同一の台帳に両方のデータが入っていれば、「そもそも突合する必要がない」という状態になります。
この3つが揃えば、SSBJの改訂が入っても、担当者がやることは「改訂後の出力結果を確認する」だけ。算定ロジックの修正、排出係数の差し替え、Excelシートの棚卸し——これらの作業は構造的に発生しなくなります。
Before/After比較——SSBJ基準改訂への追従作業
| 業務工程 | 従来の手作業フロー | 自動更新基盤の場合 |
|---|---|---|
| 改訂内容の読み解き | 草案を自力で読解、専門家に相談(1〜2週間) | 基準変更が算定ロジックに自動反映、差分レポートを確認するだけ |
| Excelシートの棚卸し | 現場ごとのシートを1枚ずつ確認、数式の根拠を遡及調査(2〜3週間) | 全データが単一台帳に集約済み。棚卸し作業自体が不要 |
| 排出係数の差し替え | 環境省・IEAサイトで最新値を手動確認し、全シートを更新 | 18地域の係数が有効期間付きで自動更新、手動操作ゼロ |
| 算定ロジックの修正・検証 | 各現場のExcelの計算式を個別修正、過去データとの整合性チェック(2〜4週間) | アダプター側のロジック更新で全データが一括再計算 |
| 経理データとの突合 | 会計ソフトの数値とExcelの数値を四半期ごとに手動照合 | 同一基盤に統合されており突合作業自体が消滅 |
| 監査証跡の確保 | 変更履歴をWordで別途記録、誰がいつ何を変えたか追跡困難 | 全変更が改竄不能な台帳に自動記録、即時追跡可能 |
| 元請への報告更新 | 改訂後の数値を手動で報告書に転記 | 複数フレームワークへの出力が自動生成、転記不要 |
「確定を待つ」ではなく「変化に耐える構造」を——Marupass
ここまで「製品名は出さずに」解決アプローチを説明してきましたが、実際にこの3つの柱をすべて満たすサービスがあります。Marupassです。
Excelの4つの構造的欠陥を、設計レベルで解消しています。
監査証跡の問題。 Excelでは「いつでも誰でもセルを書き換えられる」ため、SSBJ基準が求める第三者保証に構造的に対応できません。Marupassの暗号台帳(WORM型台帳)は、一度記録されたデータの削除・書き換えがシステムレベルで禁止されています。「監査に耐えうる算定ロジックの文書化」を、システムが自動で満たす構造です。
排出係数の陳腐化。 建設業で使う軽油、電力、セメント、鉄骨の排出係数は地域や年度によって異なります。Marupassの排出係数エンジンは18地域をカバーし、有効期間付きで自動更新されます。「係数を確認して差し替える」という作業そのものがなくなります。
属人化リスク。 「このExcelの計算式が何をしているか誰も分からない」——建設業では現場管理者が兼務でExcelを作ることが多く、この問題は特に深刻です。Marupassの算定ロジックは自動テストで継続的に検証されており、担当者が異動しても算定の正確性が担保されます。
マルチフレームワーク対応。 SSBJ、CBAM、CSRD/ESRS、VSME——一度の証憑取り込みから複数のフレームワークに対応した出力が同時に生成されます。基準が改訂されてもアダプター側の更新で対応するため、ユーザー側の追加作業はゼロです。
データの取り込みは、普段使っているツールだけ
「でも、新しいシステムを覚えるのは大変そう……」という声が聞こえてきそうですね。Marupassは4つの取り込み経路を用意しています。請求書のメール転送、WhatsAppでの写真送信、LINEでのデータ入力、それから登録不要で使える無料診断ページ。どれも、今お使いのツールだけで完結します。
建設業の山田さんの場合なら、現場ごとの軽油の納品書や電力の請求書をメール転送するだけ。AIが自動で数値を読み取り、地域と年度に応じた排出係数を適用し、改竄不能な台帳に記録します。SSBJの基準が改訂されても、山田さんがやることは変わりません。
WORM AUDIT LEDGER
IMMUTABLE ・ APPEND-ONLY ・ SHA-256
電力請求書_2026年2月.pdf → 株式会社うさぎ建設
156,000 kWh × 0.000441 = 68.80 tCO2e
SHA-256 ハッシュ → 改竄不能台帳に記録
E-1.1, E-1.2 → EcoVadis テンプレートに反映
Adversarial Auditor: PASS(脆弱性 0件)
まとめ
SSBJ基準は「一度確定したら終わり」ではなく、国際基準と連動して今後も改訂が続く「動く標的」です。改訂のたびにExcelの棚卸しと計算式の修正を繰り返すのは、本業を抱える現場にとって持続可能な対応策とは言えません。
大切なのは、基準の変化に耐えられる構造を、基準が確定する前に作ること。まずは請求書1枚のメール転送から、自社のデータがどう可視化されるかを試してみてください。