MarupassMarupass

「SCIPデータベースへの届出は済んでいますか?」——欧州顧客からのメールに、従業員45名の塗料工場は何を答えればいいのか

EU REACH規則に基づくSVHC(高懸念物質)データの開示要求が、サプライチェーン経由で日本の中小塗料メーカーに到達する構造を解説。SCIPデータベース届出・Candidate List 253物質への対応実務。

#REACH#SVHC#SCIPデータベース#化学物質管理

REACH規制——化学物質管理の波がサプライチェーンを通じて塗料工場に届く


ドイツの自動車部品メーカーから、品質管理担当者にメールが届いた。「貴社が供給する防錆塗料について、REACH規則Article 33に基づくSVHC含有情報の提供をお願いいたします。また、SCIPデータベースへの届出状況をご確認ください」。

従業員45名の塗料工場。顔料を分散させ、樹脂とハードナーを配合し、工業用防錆塗料を製造している。品質管理の担当者は製品検査と出荷管理が本業であり、「SVHC」も「SCIP」も聞いたことがない。Googleで調べると、ECHA(欧州化学品庁)のサイトが出てくるが、すべて英語で、どこから手をつけていいか分からない——。

この記事では、(1) REACH規則とSVHCの全体像、(2) 塗料製造業の原材料とSVHCリスクの対応関係、(3) なぜ45名の塗料工場に要求が届くのかというサプライチェーン構造、(4) 現状の手作業対応とデータ自動蓄積型アプローチの工数差、を順に整理します。


欧州顧客からのSVHC情報要求——サプライチェーンを遡る構造

図解を読み込み中...

REACH規則とは何か——「化学物質の登録制度」の全体像

結論から言えば、REACH規則は「EU市場で化学物質を扱うすべての企業に、安全性の立証責任を課す制度」です。

REACH(Registration, Evaluation, Authorisation and Restriction of Chemicals)は、2007年に施行されたEUの化学物質規制です。つまり、「化学物質の登録・評価・認可・制限」を一本の規則にまとめたもので、EU域内で年間1トン以上の化学物質を製造・輸入する企業に、その物質の安全性データの登録を義務づけています。

この規制の中核にあるのがSVHC(Substances of Very High Concern)——日本語では「高懸念物質」と呼ばれる概念です。SVHCとは、発がん性、変異原性、生殖毒性、残留性・蓄積性などの深刻な懸念がある化学物質のことで、ECHAが「Candidate List(認可候補リスト)」として公表しています。

As of February 2026, the REACH Candidate List contains 253 entries of Substances of Very High Concern.

https://echa.europa.eu/candidate-list-table

2026年2月時点で、Candidate Listには253物質が掲載されています。 このリストは年に数回更新され、物質数は増え続けています。2025年6月に3物質、2025年11月に1物質、2026年2月にさらに2物質(n-ヘキサンビスフェノールAF)が追加されました。

そしてSCIPデータベース。これはECHAが運用する「製品中の懸念物質に関する情報データベース」です。2021年1月から届出が義務化されており、EU市場に供給される成形品(article)にCandidate List上のSVHCが0.1% w/w(重量比)を超えて含まれている場合、供給者はSCIPデータベースに届出を行わなければなりません。

つまり、「EU市場に出す製品にSVHCが0.1%超含まれていたら、ECHAのデータベースに届け出てください」という制度です。


塗料製造業の原材料とSVHCリスク——どの工程に、何が潜んでいるのか

塗料は多種多様な化学物質の混合物であり、SVHCリスクは製品の全工程に存在します。

工業用塗料は大きく分けて、顔料(色や隠蔽力)、樹脂(塗膜形成)、溶剤(粘度調整・乾燥性)、添加剤(防錆・紫外線安定・流動性)、硬化剤(架橋反応)の5つの原材料カテゴリで構成されています。

問題は、これらの原材料カテゴリのそれぞれにCandidate List物質が潜んでいる可能性があるということです。

原材料カテゴリ代表的な用途SVHCリスクのある物質例Candidate List掲載理由
顔料防錆・着色クロム酸鉛(Lead chromate)、モリブデン酸クロム酸硫酸鉛(Lead chromate molybdate sulphate red)、硫酸クロム酸鉛(Lead sulfochromate yellow)発がん性・生殖毒性
溶剤粘度調整・希釈n-ヘキサン(2026年2月追加)、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)標的臓器毒性・生殖毒性
樹脂塗膜形成ビスフェノールA(BPA)、ビスフェノールAF(BPAF)(2026年2月追加)内分泌かく乱性・生殖毒性
添加剤防錆・安定化コバルト化合物(乾燥促進剤)、特定のフタル酸エステル類(可塑剤)、PFAS関連物質(撥水・防汚)発がん性・生殖毒性・残留性
硬化剤架橋反応特定のイソシアネート類(一部が規制対象)呼吸器感作性

とくに注意が必要なのが顔料です。防錆塗料に使われるクロム酸鉛系顔料は、優れた防錆性能を持つ一方で、Candidate Listに掲載されている代表的なSVHCです。ビスマスバナデート等の代替顔料への移行が進んでいますが、特定の高性能防錆用途ではまだ使われているケースがあります。

また、2026年2月に追加されたn-ヘキサンは、塗料シンナーや脱脂工程で使用される溶剤です。追加されたばかりであるため、自社の原材料にn-ヘキサンが含まれていないかの確認が急務となっています。新規追加SVHCに対するSCIP届出期限は、追加日から6か月以内(2026年8月4日まで)です。


なぜ45名の塗料工場に要求が届くのか——Article 33の「情報伝達義務」

REACH規則Article 33は、サプライチェーンのすべての段階で、SVHC含有情報を下流に伝達する義務を課しています。

冒頭のメールが届いた背景を整理しましょう。ここには明確なカスケード構造があります。

第一段階: EU域内の完成車メーカーは、自社製品に含まれるSVHCをSCIPデータベースに届け出なければならない。自動車には数万点の部品が使われており、各部品に使われている塗料・コーティングの化学物質情報が必要になる。

第二段階: ドイツのTier 1部品メーカーは、完成車メーカーからSVHC含有情報の提供を求められる。Tier 1は自社でデータを持っていない塗料・表面処理について、供給元に問い合わせる。

第三段階: 日本の塗料工場にメールが届く。「貴社の防錆塗料にSVHCは含まれていますか?」

Companies supplying articles containing SVHCs on the Candidate List in a concentration above 0.1% w/w on the EU market have to submit information on these articles to ECHA.

https://echa.europa.eu/scip

ここで重要なのは、塗料工場が直接EUに製品を輸出していなくても、サプライチェーンの最終製品がEU市場に出る限り、情報提供の要求は遡ってくるという点です。

具体的にシミュレーションしてみましょう。もし防錆塗料にクロム酸鉛系顔料が0.15%含まれていた場合——0.1%の閾値を超えているため、以下の情報をドイツの顧客に提供する必要があります。

  1. 物質の特定: 物質名、CAS番号、EC番号
  2. 含有濃度範囲: 0.1%超〜100%の範囲区分(ECHAの定義済みレンジから選択)
  3. 安全な使用に関する情報: 塗膜として硬化後の状態では通常の使用条件下で曝露リスクがない旨の説明

この情報提供は、Article 33に基づく法的義務です。「うちは日本の会社だからREACHは関係ない」とは言えません。


現状の手作業——SDS突合地獄の実態

SVHCの含有確認は、紙の作業として行うと膨大な工数を要します。

では、45名の塗料工場が冒頭のメールに回答しようとした場合、実際にはどのような作業が発生するのでしょうか。

ステップ1: 自社製品に使用している全原材料のリストを作成する。防錆塗料1製品あたり、顔料3〜5種、樹脂2〜3種、溶剤2〜4種、添加剤3〜6種、硬化剤1〜2種——合計で11〜20種類の原材料。

ステップ2: 各原材料の**SDS(安全データシート)**を取り寄せる。SDSには化学物質の名称、CAS番号、含有濃度が記載されている。ただし、SDSのフォーマットはサプライヤーごとに異なり、日本語・英語が混在し、濃度が範囲表記(「1〜5%」)で記載されていることも多い。

ステップ3: SDSから読み取ったCAS番号を、ECHAのCandidate List(253物質)と一つずつ照合する。原材料20種 × 各原材料に含まれる化学物質3〜10種 = 最大200件のCAS番号を、253物質のリストと突き合わせる作業。

ステップ4: 該当するSVHCが見つかった場合、製品全体における含有濃度を計算する。原材料中の濃度 × 配合比率 = 製品中の濃度。0.1% w/wの閾値を超えるかどうかを判定する。

ステップ5: 顧客が要求するフォーマット(自社独自フォーム、chemSHERPA、IMDSなど)でデータを提出する。顧客ごとにフォーマットが異なる場合、同じデータを異なる様式で複数回入力する必要がある。

この作業を1製品あたり推定20〜40時間。防錆塗料が5品目あれば、100〜200時間。品質管理担当者の通常業務に加えて、です。

さらに、Candidate Listは年に複数回更新されます。2026年2月のn-ヘキサンとBPAFの追加のように、新しいSVHCが追加されるたびに、全製品のSDS突合を最初からやり直す必要がある。これが「一度やれば終わり」ではない理由です。


データ自動蓄積型アプローチ——構造で解決する

手作業の問題は「作業量」ではなく、「同じ作業を何度も繰り返す構造」にあります。

先ほどの5ステップを振り返ると、本質的に行っていることは3つだけです。(1) SDSからCAS番号と濃度を読み取る、(2) Candidate Listと照合する、(3) 顧客指定フォーマットで出力する。この3つはいずれも、人間が目視で行う必然性がありません。

構造的な解決アプローチは以下の通りです。

原材料SDSの自動取り込み: SDSのPDFをアップロードすると、AIが化学物質名・CAS番号・含有濃度を自動抽出する。16桁のGHS分類コードもフォーマットの差異を吸収して正規化される。

Candidate Listとの自動照合: 抽出されたCAS番号が、最新のCandidate List(253物質、随時更新)と自動的に照合される。新しいSVHCが追加された場合も、過去に取り込んだSDS情報に対して自動的にスクリーニングが再実行される。

配合比率に基づく濃度自動計算: 製品の配合情報と原材料中のSVHC濃度から、製品全体における含有濃度が自動計算される。0.1% w/wの閾値判定もシステムが行う。

マルチフォーマット出力: chemSHERPA、IMDS、顧客独自フォーム——同一のデータから複数のフォーマットでの出力が可能になる。「同じ情報を5社に5回入力する」作業は消滅する。

暗号台帳による監査証跡: すべてのデータ抽出・照合・計算の履歴が、改竄不能な暗号台帳に記録される。「このCAS番号はどのSDSのどの位置から抽出されたか」を、任意の時点で遡及的に検証できる。顧客監査への対応も、台帳のデータを提示するだけで完了する。


まとめ——「知らなかった」では済まない時代の構造的備え

Candidate Listの物質数は、REACHの施行以来一貫して増え続けています。2008年の15物質から、2026年には253物質へ。この増加は今後も続きます。

冒頭のメールに対して、45名の塗料工場が取るべき最初のアクションは「自社製品の原材料SDSを体系的に整理し、CAS番号ベースでCandidate Listとの突合を完了させること」です。そしてその作業は、一度きりではなく、Candidate Listが更新されるたびに繰り返されます。

Marupassは、この繰り返し作業を構造的に解決するために設計されています。SDSの自動取り込みからCAS番号抽出、Candidate List照合、閾値判定、マルチフォーマット出力、暗号監査証跡まで——手入力ゼロ、属人化ゼロの化学物質管理基盤として、中小製造業のREACH対応を支えます。


稟議用FAQ——社内説明のための想定問答集

想定される質問回答
REACHは日本企業に関係あるのか?直接の届出義務はEU域内の事業者にあるが、REACH Article 33に基づきサプライチェーン上のすべての供給者にSVHC含有情報の伝達義務がある。EU向け製品を供給している限り、日本企業にも情報提供義務が生じる
SVHCとは何か?Substances of Very High Concern(高懸念物質)。発がん性・変異原性・生殖毒性・残留性などの深刻な懸念がある化学物質で、ECHAがCandidate Listとして公表。2026年2月時点で253物質
0.1% w/wの閾値とは?製品(成形品)中にCandidate List上のSVHCが重量比0.1%を超えて含まれている場合、情報伝達義務・SCIP届出義務が発生する
SCIPデータベースとは?ECHAが運用する製品中の懸念物質情報データベース。2021年1月から届出義務化。EU市場に供給される製品が対象
対応しなかった場合のリスクは?REACH違反の罰則はEU各国の国内法に基づく。ドイツでは故意の違反に対し最大100万ユーロの罰金と最長5年の禁固刑。加えて、顧客からの取引停止リスクがある
当社の塗料で特に注意すべき物質は?クロム酸鉛系顔料、n-ヘキサン(2026年2月追加)、コバルト化合物(乾燥促進剤)、特定のフタル酸エステル類、ビスフェノールA/AF
chemSHERPAで対応できるのでは?chemSHERPAは情報伝達ツールとして有効だが、SDSからのCAS番号抽出・Candidate List照合・濃度計算は手作業が前提。データ蓄積型アプローチは抽出・照合・計算・出力を自動化し、chemSHERPA形式での出力にも対応する
現状の手作業工数の目安は?1製品あたりSDS突合に推定20〜40時間。5品目で100〜200時間。Candidate List更新のたびに再突合が必要
Marupassで何が変わるか?SDS自動取り込み → CAS番号AI抽出 → Candidate List 253物質との即時照合 → 配合比率に基づく閾値自動判定 → マルチフォーマット出力 → 暗号台帳による監査証跡。手入力ゼロで、Candidate List更新時も過去データに対して自動再スクリーニング

上司や財務部門を説得する準備はできていますか?

45業界のユースケースを網羅した【完全版】ESGシステム導入のための社内説得・稟議書テンプレートを無料でダウンロードできます。