
ある朝、受信トレイに親会社の調達部門からメールが届いていた。「2026年度より、一次データを活用したScope3排出量の算定にご協力いただきたく...」——一次データ? Scope3? それは一体何のことだろう。
こうしたメールを受け取って戸惑っている方、きっと少なくないはずです。あなたが怠慢なのではありません。本業の生産管理や納期調整で精一杯の毎日に、突然「CO2のデータを出してほしい」と言われても、何から手をつければいいのか分からないのは当然のことです。
実はこの背景には、環境省が2025年3月に発行した**「一次データを活用したサプライチェーン排出量算定ガイド」**という公的な指針があります。つまり、親会社が急に言い出したのではなく、国が「業界平均値(二次データ)ではなく、実測値(一次データ)を使いましょう」と公式に推奨したことが引き金になっているんですね。
本記事では、以下の流れで整理していきます。
- そもそも「一次データ」とは何で、なぜ今求められているのか
- アパレル下請けの現場で、具体的にどんな負担が発生するのか
- サプライヤー側のデータ提出を自動化するという解決アプローチ
- 構造的な業務削減シミュレーション
- 「ITに詳しくない」「専門知識がない」という不安への回答
一次データ収集のボトルネック構造
そもそも「一次データ」とは何か——環境省ガイドの本当の意味
まず結論を先にお伝えすると、一次データとは**「自社の実際の活動に基づく数値」**のことです。
なぜこれが重要かというと、従来の二次データ(業界平均の排出係数)では、企業ごとの削減努力がまったく反映されないからです。例えば、省エネ設備に投資して電力消費を30%減らしたとしても、業界平均値で計算する限り、その努力はScope3の数字に一切表れません。
環境省が2025年3月に発行したガイドラインは、まさにこの問題に対して「実測値を使いましょう」と公式に方向性を示したものです。
環境省「一次データを活用したサプライチェーン排出量算定ガイド」Ver.1.0(2025年3月発行)は、サプライチェーン排出量の算定において、業界平均等の二次データに代えて、サプライヤー固有の一次データの活用を推奨している。
——環境省「一次データを活用したサプライチェーン排出量算定ガイド」Ver.1.0、2025年3月 https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/estimate_tool.html
要するに、「全企業一律の平均値ではなく、御社の実際の電気使用量やガス使用量から排出量を計算してください」ということですね。
ただし、ここで見落としてはいけない点があります。このガイドラインは**「何をすべきか」を示しているだけで、「どうやってデータを集めるか」は企業に丸投げされている**ということです。「ガイドラインが出た=問題が解決した」ではなく、むしろ「これまで曖昧だったコンプライアンス義務が、公的に可視化された」というのが実態に近いのです。
「それ、うちで分かる話じゃないんですが」——アパレル下請けの現場で起きること
ここからは、一次データ要求が現場にどんな影響を与えるのか、具体的に見ていきましょう。
例えば、従業員200名のアパレル下請けを想像してみてください。大手アパレルブランドのOEM製造を手がけていて、主な工程は裁断、縫製、仕上げ、検品。染色工程はコストの関係で中国とベトナムの外注先に依存しています。
ある日、親会社の調達部門から「Scope3一次データの提出をお願いします」というメールが届きます。ここで発生する問題は、一つや二つではありません。
問題1:染色工程のエネルギー消費は「うちのデータ」ではない
アパレル製造において、最もエネルギー消費が大きいのは染色工程です。ところがこの工程は中国やベトナムの外注先で行われているため、自社の電力メーターには一切反映されません。つまり、排出量の中で最も大きい部分のデータを、海外の取引先に依頼して取得しなければならないのです。
しかも、中国やベトナムの染色工場に「GHG排出量のデータを出してください」と日本語で依頼しても、相手は何を求められているのか分かりません。言語の壁、商慣習の違い、そもそもGHG排出量を算定した経験がない——こうしたハードルが重なります。
問題2:副資材サプライヤーが多すぎる
アパレル製品には、生地だけでなくボタン、ファスナー、芯地、ラベル、梱包材など、多数の副資材が使われます。それぞれのサプライヤーに一次データを依頼するとなると、連絡先の特定だけでも相当な手間です。しかも副資材メーカーの多くは従業員数名の零細企業で、「排出量」という概念自体が業務の中に存在しません。
問題3:季節変動が激しく「年間平均」では実態と乖離する
アパレル業界は季節ごとに生産量が大きく変動します。秋冬物の生産ピークと春夏物の端境期では、工場の稼働率も電力消費もまったく違います。単純な年間平均ではなく、月次や四半期ごとのデータ管理が求められると、その管理工数はさらに膨れ上がります。
問題4:一次と二次の「ハイブリッド管理」という地獄
全サプライヤーから一度に一次データを取得することは現実的ではありません。一部は一次データ、残りは二次データという混在状態が長期間続きます。この「ハイブリッド算定」は、Excelでの管理を極めて困難にします。どのサプライヤーが一次データ提出済みで、どのサプライヤーがまだ二次データなのかを追跡するだけでも、担当者の業務を圧迫するのです。
解決の方向性——「サプライヤーにデータを要求する」の先にあるもの
ここまで見てきた通り、一次データ収集のボトルネックは「自社の作業効率」ではなく、「サプライヤー側がデータを出せない」ことにあります。
多くの業界ガイドラインや競合サービスは、「サプライヤーにデータ要求を送付しましょう」「質問票のテンプレートを整備しましょう」というところで止まっています。しかし、先ほどのアパレル下請けの例で見た通り、中国の染色工場やボタンメーカーに質問票を送っても、返ってくる保証はどこにもありません。
本当に必要なのは、サプライヤー側のデータ提出そのものを、限りなく簡単にすることです。
考え方としては、こうです。
- サプライヤーに「排出量を計算して報告してください」と求めるのではなく、**「請求書の写真を1枚送ってください」**で済むようにする
- 排出係数の選定や地域補正は、サプライヤーではなくシステム側が自動で処理する
- サプライヤーが新しいアカウントを作ったり、新しいソフトウェアの使い方を覚えたりする必要をゼロにする
つまり、「ESGの専門知識がないサプライヤーでも、普段使っているツールだけで、30秒で提出が完了する」——これが、サプライチェーン全体の一次データ収集を現実的にする唯一の構造です。
さらに言えば、サプライヤーにとってデータ提出が「義務」ではなく「メリット」に変わる仕組みも重要です。提出したデータが自動的に公的補助金の受給資格と照合され、「データを出したら補助金の案内が届いた」となれば、サプライヤーのモチベーションは根本的に変わります。
本当に工数は減るのか?——構造的シミュレーションで検証する
「考え方はわかったけど、具体的にどれくらい変わるの?」という疑問は当然ですよね。ここでは、先ほどの従業員200名のアパレル下請けを想定して、現在の手作業フローとクラウド自動化フローを工程ごとに比較してみます。
工程1:自社工場のエネルギーデータ収集(毎月)
手作業の場合、電力・ガス・水道の請求書を毎月受け取り、担当者がExcelの該当セルに数値を手入力します。入力後に前月データとの整合性チェック、単位の確認を行うと、月あたり約3時間。年間で36時間です。
クラウド自動化であれば、請求書のメールをそのまま転送するだけでAIが数値を読み取り、自動で記録します。担当者の作業は構造上0分です。
工程2:海外染色工場への一次データ依頼
ここが最も工数の差が開くポイントです。手作業の場合、中国・ベトナムの染色工場に対して、質問票の翻訳、送付、フォローアップ、回答内容の検証を行います。言語障壁と時差の問題で、1社あたり15〜20時間。染色外注先が3社あれば、四半期に45〜60時間です。
サプライヤー側の提出が自動化されていれば、染色工場の担当者は請求書の写真をメッセージアプリで送信するだけ。電話番号から地域が自動推定され、その国の排出係数が自動適用されます。発注元のアパレル下請け側では、提出されたデータがダッシュボードに自動反映されるのを確認するだけです。
工程3:副資材サプライヤーの一次データ管理
ボタン、ファスナー、芯地、ラベルなど、仮に副資材サプライヤーが15社あるとしましょう。手作業では、各社への連絡、フォーマットの説明、回答の催促、集計、検証を行います。1社あたり3〜5時間とすれば、年間で45〜75時間。しかも多くの零細サプライヤーはGHG排出量の概念すら持っていないため、「何を出せばいいのか」の説明から始める必要があります。
提出の自動化であれば、各サプライヤーは専用リンクを開いて月々のkWhを入力するか、請求書を撮影するだけ。パスワードも不要、ESGの知識も不要です。
工程4:一次/二次データのハイブリッド管理
手作業の場合、どのサプライヤーが一次データ提出済みで、どのサプライヤーがまだ二次データかを追跡し、算定ロジックを切り替える管理表を別途維持する必要があります。サプライヤーの入れ替わりや新規取引開始のたびに更新が発生し、四半期あたり8〜12時間の管理工数が見込まれます。
統合データ基盤であれば、一次/二次のステータスはサプライヤーごとに自動追跡され、算定時に自動で適切なロジックが適用されます。この管理工程自体が消滅します。
工程5:提出データの品質検証
サプライヤーから届いた一次データが正確かどうか——排出係数の選択ミス、活動量の集計ミス、期間のズレなど——を目視で検証する作業は、1社あたり1〜2時間です。サプライヤー数が増えれば比例して膨れ上がります。
自動化基盤に検証エンジンが組み込まれていれば、異常値検知・前期比較・単位整合チェックがデータ取り込み時に自動実行されます。問題のあるデータだけが担当者にフラグとして通知される構造です。
「ITに詳しくないけど大丈夫?」——不安への先回り回答
ここまで読んで「理屈はわかったけど、うちの会社で本当にできるかな」と感じた方もいらっしゃると思います。その不安はとても自然なことですし、実際に多くの方から同じ声が聞こえてきます。
Marupassは、まさにそうした不安を設計の出発点にして作られたサービスです。
「新しいシステムを覚えるのは正直キツい」
Marupassでは、サプライヤーが新しい画面を覚える必要は一切ありません。データの取り込み経路は、サプライヤーが普段使っているツールだけで完結します。
- 日本のサプライヤー向け: LINEで専用リンクを開き、月々のkWhを入力するか請求書を撮影するだけ。パスワード不要のマジックリンク認証
- 海外(中南米・東南アジア)のサプライヤー向け: WhatsAppで請求書の写真を送るだけ。電話番号から地域を自動推定し、その国の排出係数を自動適用
- 発注元(あなた)向け: 自社の請求書はメール転送で自動取り込み。登録不要の無料診断ページもあり
つまり、「サプライヤーにESGの専門知識がない」「海外工場に新しいシステムを導入させるのは無理」という問題を、ツール側の設計で根本から回避しています。
「排出係数って何を選べばいいか分からない」
排出係数というのは、「電気1kWhを使ったらCO2が何kg出るか」という換算の数値のことです。この数値は国や地域によって異なり、年度によっても更新されます。
Marupassは18以上の地域(日本、EU、米国、中国、韓国、台湾、タイ、ベトナム、インドネシア、メキシコ、ブラジル、コロンビア、チリ、アルゼンチン、ペルー、インド、フィリピンなど)の排出係数を有効期間付きで内蔵しています。サプライヤーの所在地域に応じて自動で適用されるため、「選ぶ」「入力する」という操作自体が存在しません。
先ほどのアパレル下請けの例で言えば、中国の染色工場からWhatsAppで届いたデータには中国の排出係数が、ベトナムの工場からのデータにはベトナムの係数が、それぞれ自動で適用されます。
「サプライヤーから届いたデータが正しいかどうか、どう判断すればいい?」
Marupassでは、各回答に一意の暗号証明トークンが自動付与されます。つまり、「このデータは誰が、いつ、どの証憑に基づいて提出したか」が改竄不能な形で記録されます。バイヤーである親会社も、この証明を独立に検証できます。
さらに、AI検証エンジンが提出データを多角的にチェックし、異常値や前期比の大幅な乖離をフラグとして通知します。「サプライヤーを信じるしかない」という状態から、構造的に品質を担保できる状態に変わるわけです。
「サプライヤーがデータを出すメリットがないと、結局動いてくれないのでは」
これは非常に鋭い指摘で、実は一次データ収集における最大のボトルネックがまさにここです。
Marupassには補助金マッチングエンジンが組み込まれています。サプライヤーが提出したESGデータは、jGrants等の公的補助金の受給資格と自動照合されます。「データを出したら、自社が使える補助金の案内が届いた」——このインセンティブ構造があることで、サプライヤーにとってのデータ提出は「義務」から「機会」に変わります。
また、提出されたデータは自動的にサプライヤー個別の台帳に記録され、後からワンクリックでアカウントを有効化すれば、過去データがすべて引き継がれます。つまり、サプライヤー自身のサステナビリティ管理基盤が、データ提出の副産物として自然に構築されていくのです。
Marupass
オンライン ・ 暗号化済み
こんにちは、株式会社アルパカ縫製さん。先月分の電力請求書をお送りいただけますか?
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電力請求書_2026年2月.pdf
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まとめ
環境省の一次データガイドラインは、「問題を解決した」のではなく、「対応すべき義務を公的に可視化した」ものです。親会社からのメールの背景には、こうした国レベルの動きがあります。
そして、一次データ収集のボトルネックは自社の作業効率ではなく、サプライヤー側がデータを出せるかどうかにあります。この構造的な課題に対して、サプライヤーの提出体験そのものを自動化し、提出にインセンティブを持たせるアプローチが、現実的な解決策です。
まずは自社の請求書1枚をメール転送して、CO2排出量がどう可視化されるか試してみるところから始めてみてください。
稟議用資料:一次データ収集の業務フロー比較表(Before/After)
想定企業: 従業員200名のアパレル下請け(染色外注先3社、副資材サプライヤー15社)
| 業務工程 | Before: 従来の手作業フロー | After: クラウド自動化フロー |
|---|---|---|
| 自社エネルギーデータ記録(月次) | 請求書を見てExcelに手入力、前月比チェック(月3時間、年36時間) | メール転送で自動取り込み(0分) |
| 海外染色工場への一次データ依頼 | 質問票の翻訳・送付・催促・検証(1社15〜20時間、3社で四半期45〜60時間) | サプライヤーがWhatsAppで請求書写真を送信、地域別排出係数を自動適用 |
| 副資材サプライヤーのデータ収集 | 15社への個別連絡・説明・催促・集計(年45〜75時間) | 各社がLINEリンクからkWh入力or写真撮影(パスワード不要、ESG知識不要) |
| 排出係数の選定・適用 | 環境省・IEAサイトで国別係数を手動確認、Excel計算式を更新(年8〜12時間) | 18地域の係数が有効期間付きで内蔵、自動適用(作業0分) |
| 一次/二次ハイブリッド管理 | サプライヤー別ステータス追跡表の維持・更新(四半期8〜12時間) | 一次/二次ステータスを自動追跡、算定ロジックを自動切替 |
| 提出データの品質検証 | 目視で排出係数・活動量・期間の整合性チェック(1社1〜2時間) | AI検証エンジンが自動チェック、異常値のみフラグ通知 |
| 監査時の根拠提示 | 元の請求書・メール履歴を探して突合(数日) | 暗号証明トークンで全根拠が自動記録、即時検索 |
| 担当者異動時の引継ぎ | 算定ロジック・サプライヤー対応状況の解読(1〜2ヶ月) | ロジックと履歴がシステムに集約、引継ぎ作業なし |